昨年、「防衛大学校改革に関する検討小委員会」が公表した「防衛大学校改革に関する報告書(平成23年6月1日)」(以下、「報告書」とする。)に対し、その内容について全般的評価を申し述べると共に、個々の具体的施策に対する問題点と、全般の改善事項に関して提言する。
1 「報告書」に対する全般評価
国家の将来は、若者の双肩にこそ委ねられている。とりわけ、国家の存続と繁栄を担う安全保障分野においては、国家の国防指針を具現化する士官の資質(知力・徳力・体力)に寄るところ大であり、自衛隊の幹部候補者育成機関たる防衛大学校の教育の成否は、我が国にとって極めて重要な国家の関心事である。
わが国を取り巻く現在の国際情勢は、政治、経済を始め、あらゆる分野において厳しい国家間競争にさらされており、このような環境下で、長期的視野と複眼的思考による本質を捉えた国家主導の施策が必要であることは論を俟たず、新たな時代の要請に応え、21世紀の幹部自衛官を養成するための有効な施策を検討することを主眼とした、「報告書」の趣旨には強く共感する。 しかしながら、「報告書」に掲示された具体的改革項目は、入試制度の改善と防衛大学校内部の運営是正という枝葉末節に留まり、「国家における士官学校のあるべき姿」という本質的部分における考察が不十分であり、前述の主眼を達成するに足る改革案とならなかったことは、極めて残念である。
本来ならば、本防衛大学校改革は、国家の安寧や国民の安全に直接的に関わる問題だけに、防衛省内部に設置された検討委員会における議論のみにて決定すべきことではなく、海外における士官学校の実情も参考にしつつ、国内中の外交・軍事専門家や有識者、更には防衛大学校卒業生や同校同窓会の意見を公開聴取すると共に、文民統制の観点からも最終的には国民に選出された国会議員が国会において慎重に議論すべき重要課題であり、「報告書」は、本格的に行われるべき議論の土台となるべき内容を包括していなければ十分とはいえない。
2 「報告書」に掲示された具体的施策の問題点
(1) AO試験方式による総合選抜試験について(24年度入試から実施)
改革案では、AO入試導入の必要性を「一般大学と同様、限られた筆記試験では測り切れない能力・適性を総合的に判断するための施策」であるとしているが、その内情は「学校経営安定の為の入学者の早期確保の手段」である場合が多く、中央教育審議会でも「AO試験制度導入により大学生の学力低下」が指摘され、近年では学力を担保するための新たな学力試験を設けたり、AO試験制度自体を廃止したりするケースが増えつつある。また、個人の将来における自己実現を目的とする一般大生と異なり、防衛大学校学生は将来の幹部自衛官を目的とした士官候補生である。当然ながら、海外において、AO試験方式を行っている士官学校など存在しない。「報告書」では、受験生の基礎学力がどの程度備わっているかを確認する具体的手段が不明確であり、現段階におけるAO試験の実施は、結果として大学校全体の質を落とすことになりかねず、それは自衛隊の根幹をなす幹部自衛官の質の低下となり、我が国の国防態勢そのものを揺るがすことに繋がりかねないことを懸念する。筆記試験で測ることのできない「地頭の良い人材」を確保したいのであれば、当面は推薦入試枠を増やす等で十分に対応できるはずであり、公的議論を経ない拙速な試験制度改正には強く反対するものである。
(2) 償還制度の導入について(26年度入学生から実施)
これまでの議論においても再三に渡り指摘されているように、償還制度の導入は、「入学志望の低下による受験者の減少」及び「任官辞退による道義的責任の希薄化」並びに「勤務意欲の低い幹部による部隊弱体化」という三つの問題をもたらすため、実施されることはなかった。
「報告書」では、「一般の大学生との負担の公平の観点」を上げているが、一般の学生に比べ、管理された生活や厳しい制約事項を強いられ個人の権利を大きく制限されている防衛大学校学生を、学費という断片的側面だけで「負担が公平でない」と論じることは、極めて乱暴な意見と言わざるを得ない。
また、任官辞退者の要因は、将来に渡り幹部自衛官として勤務することの疑問から「任官拒否」を決意するものばかりではない。在学中に患った傷病により進路を諦める者や、家庭の事情により帰郷を余儀なくされる者といった、やむを得ない理由も少なからず存在する。これらが全く考慮されない制度設計も、本件に関してはまだまだ議論が必要であり、実施の段階に至るまで熟された施策とは言い難い。
そもそも、兵力を養い、装備を充実することで将来における防衛力を構築することは、国家における国民にとっての最大の福祉事業であり、その中核を担う幹部自衛官の養成は、当然全額を国費で賄われるべきである。個人の事情による任官辞退者に係った費用も含め、自衛官の完全志願制における必要最低限のコストと捉えるべきである。
(3) 学位審査手数料の本人負担について(24年度卒業生から実施)
そもそも、学士は、資格と捉えるべきでなく、国家が士官として授けるべき最低限の学力レベルであり、学位審査はその学力到達の確認手段として考えるのが本意である。従って、士官候補生に対し、学士レベルへの学力到達を義務付ける国が、その確認としての審査手数料を、国費で賄うのは当然である。
「報告書」では、「学位は基本的に個人に帰属するものであり、国民との公平の観点」から学位審査手数料を本人負担させるべきであるとしているが、仮にその論理が正当性を持つとすれば、自衛隊において個人に帰属する各種免許等の公的資格取得に関する経費も、同様の考え方により自己負担とせねばならない。しかし、それが本当に「国民との公平の観点」であろうか。自衛官は部隊等において、公務のために必要な資格を国費により取得する。それと同様に、将来の自衛隊幹部になることを求められる防衛大学生の必要最小限の知的素養として、国が学士資格を防衛大学校学生に求めるのであれば、それは国民との公平の観点とは異なる次元の問題ではないか。 また本質論からすれば、防衛大学校が一般大学相当の幅広い教養・専門教育を高い水準で実施していることを内外に示すのであれば、一般の独立行政法人である学位授与機構に学位審査を依頼するのではなく、高等教育機関として文部科学省に正規認定を求め、防衛大学校独自で学位授与をできる権限を有する様改善することが在るべき姿である。
(4) 入学試験手数料の徴収について(継続検討:26年度導入を目指す)
防衛大学校入学試験を腕試し的に受験する学生(受験させる高校や親)は少なくない。入学試験手数料の徴収は、受験者の減少に確実に繋がり、潜在的入学予備層を事前に排除する誘因となる。にもかかわらず、「報告書」においては、受験料を徴収しなければならない必然性に対する説明が極めて不十分である。「報告書」にいう「一般大学の受験生との均衡の観点」という論理は、防衛大学校の「将来の幹部自衛官を育成する」という主たる目的を考慮せず、大学教育機関としての側面のみを捉えた断片的比較であり、防衛大学校が士官候補生学校たる要素を持つ特殊性が何ら考慮されていない。更に、「一般の大学入試と同様に受験料を徴収することが当然との認識も広まりつつある」とあるが、その論拠(データやアンケート結果等)を示されていないため、説得力に乏しい。また、報告書にもあるように一般的な公務員試験は、可能な限り多くの受験生に門戸を開き、社会のために有為な人材を選抜するため、原則無料で実施されており、防衛大学校入学試験は、防衛省職員の採用試験である面からも、他の公務員試験との均衡の観点では問題を生じるのではないか。入学手数料の徴収については、更なる慎重な検討を求める。
(5) 高専卒業生の途中採用について(継続検討:25年度導入を目指す)
防衛大学校学生としての4年間をかけ、学生舎生活においては上下関係を通じた自主自立や指揮官としての統率などの人格修養を、また校友会活動においては自衛官としての体力、精神力、忍耐力などを培っている。これらは身につけるべき自衛官の素養として、勉学と同等の重要性をもつと位置付けられており、高専卒業生に拘わらず途中採用は、防衛大学校の設立目的と実態を考慮しない、制度的に極めて無理のある施策である。また、取得単位の整合性、任官後の自衛隊全体の人事管理の在り方にも関わってくる大きなテーマであり、現行制度のままでの拙速な実験的導入は人事管理制度全体に歪を生むのみならず、当該学生の為にもならない。
3 防衛大学校改革に関する四つの提言
(1) 防衛大学校を安全保障学、危機管理学に精通した国内最高峰の人材育成機関とするための提言
【具体的改革案】防衛大学校に学位授与権を与えると共に、人文社会科学群に法政学科を新設せよ。
防衛大学校が一般大学相当の幅広い教養・専門教育を高い水準で実施していることを内外に示すため、一般の独立行政法人である学位授与機構に学位審査を依頼するのではなく、高等教育機関として文部科学省に正規認定を求め、防衛大学校独自で学位授与をできる権限を学校長に与えるべきである。
また、防衛大学校の教育目的は、学識者を育成することにあらず、安全保障学、危機管理学を専門的に修めた実務家を育成することにある。言うまでもなく、安全保障や危機管理といった分野は、政治や法律との関連性が極めて強い。加えて、自衛隊の指揮官としての資質は、理系的素養のみに偏るべきでなく、国際協力活動が本来任務化された今日、国際政治や国際法規といった文系的素養はより必要度を増している。よって、防衛大学校の人文社会科学群に法政学科を創設し、将来的な法務幹部等の資質の涵養を図るべきである。学生時代から政治学や法学に触れ、政治と軍事の関係を学ぶことは、近代国家としてあるべき文民統制の在り方を学ぶ上でも、必要不可欠な資質教育である。また卒業時に、国家試験第一種を受験し、専門的素養を備えた文官を目指す選択肢を創設することも十分に検討に値する。
(2) 防衛大学校の教職員の質を向上させるための提言
【具体的改革案】防衛省教育研究機関との積極的な人事交流に努め、教職員の活性化と識能の向上に最善を尽くせ。また、防衛大学校校長を認証官とせよ。
一般教育に携わる教職員は専門分野において一流であるのみならず、防衛大学校の使命を自覚し、安全保障に関する基礎的素養を備え、将来の幹部自衛官を育成することに対し誇りを持って職務に当たらねばならない。よって、軍事に対する理解を深め、近年の自衛隊の環境等を把握するために、すべての教職員に定期的な部隊訪問や体験訓練を義務付けると共に、防衛研究所や技術研究本部といった自衛隊の教育研究機関との積極的人事交流を行うことで、教職員の活性化と識能の向上を図らねばならない。また、防衛大学校教育の象徴たる学校長は、智徳体に秀でた総合的な人格者であることは当然のこと、安全保障・危機管理分野での専門家としても一流の人物でなければならない。このため、防衛大学校校長の人選には一定の基準を設けると共に、その任免に当たっては天皇による認証を必要とする認証官(国会承認人事)に位置付けるべきである。
(3) 防衛大学校を国家のリーダー養成のための基盤とするための提言
【具体的改革案】唯一の国防教育機関として、一般国民に啓蒙教育を行う制度を導入せよ。
国家の防衛は自衛隊だけでは完遂できない。国民全体の国防意識の高さや、部隊を適切に運用する政治の力量と、各種法制度の充実こそが実効性の基盤となる。しかしながら、我が国には「国防を教育する義務」が存在しないため、多くの一般国民は生涯に亘って触れることがない。よって、一般国民に対し、高校卒業時から大学入学あるいは就職までの間に、一定の時間的猶予を与え、国防の意義や重要性に関する教育を受ける機会を設ける制度改革を検討すべきである。(例:現在、東京大学が検討している秋季入学制度を活用し、高校卒業から大学入学までの約5ヶ月間に、希望者に対して自衛隊の教育訓練等の受講により防衛基礎教養を習得させ、幹部候補生の予備資格を取得できるような抜本的制度改革を想定)
(4) 防衛大学生の具体的将来像である幹部自衛官の地位、名誉、処遇改善のための提言
【具体的改革案】自衛官の階級呼称の改定、及び防衛記念章制度の改正を実施せよ。
防衛大学校を受験する学生のインセンティブは、「報告書」にもあるように自衛官の社会的地位や国民からの評価に大きく影響を受ける。しかしながら、現状において国防に身命を捧げる自衛官の社会的地位や処遇、及びその名誉は、その任務の重要性や重大性に鑑みて極めて低い状態にある。我が国の現在の安全保障環境は、憲法改正によって自衛隊を我が国の正規軍と位置付け、欠落している国家緊急事態に関する事項を明記し、安全保障基本法を制定する等、国会における法的環境整備が何よりも強く望まれるが、現状における憲法改正は余りにハードルが高く、成立までの時間を要する。東日本大震災における災害派遣において、国民の最後の砦として活躍した自衛官に対し、未だに何らの地位の向上や処遇改善、名誉付与の機会を与えられていないことは国家として由々しき事態であり、それを改善することは、より質の高い受験生の獲得に繋がるはずである。
よって、まずは幹部自衛官の階級呼称を各国の軍隊のそれと同等に「大将、中将、少将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉」と改めることにより、名誉回復の先鞭に資することを求める。これは憲法改正を経ずとも可能であり、多額の財源をも必要とせず実施できる自衛官の名誉回復施策である。
また、自衛隊には勲章制度がなく、防衛記念章という省独自で定めた陳腐な胸飾りを代用している。些末なことの様ではあるが、階級呼称と防衛記念章の問題は、国防という崇高な任に当たる自衛官の誇りを傷つけ、士気を挫かせる要因の一つであり、特別な予算財源を必要せず、早急に改善することができる課題の一つでもあることから、自衛官に対する勲章制度の検討に、早急に着手し実現することを強く求める。
以上、防衛大学校改革に関する意見及び提言として申し上げる。
平成24年 6月 20日
参議院議員 尾辻 秀久
衆議院議員 中谷 元
参議院議員 佐藤 正久
参議院議員 宇都 隆史
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